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東京高等裁判所 昭和59年(う)762号 判決 1984年11月07日

本籍

東京都豊島区池袋一丁目五一五番地

住居

同都港区南青山七丁目一三番二一号

会社員

本山昇

昭和一五年一二月七日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五九年三月二二日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官佐藤勲平出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山本剛嗣名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官佐藤勲平名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、量刑不当の主張であって、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、本件は、健康増進用機器の通信販売等を目的とする株式会社メールオーダーハウス(以下、メールオーダーハウスという。)の実質経営者として同会社の業務全般を統轄していた被告人が、昭和五四年一〇月一日から昭和五五年九月三〇日までの事業年度において、メールオーダーハウスの業務に関し、広告費等の経費の水増計上等の方法により所得を秘匿したうえ、虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、法人税一億一二五六万八八〇〇円を免れたという事案であるところ、本件の犯情は、原判決が「量刑の理由」欄で詳細に説示するとおりであり、特に、ほ脱額は単年度としてかなり高額であり、ほ脱率も九〇パーセントを超えているなど被告人の納税意欲は稀薄であったといわざるをえないこと、本件の動機はメールオーダーハウスの将来の資金繰りのことを考え、税額を少なくしたかったというものであって、格別斟酌すべき点はないうえに、その態様も別会社の負担とすべき経費をメールオーダーハウスの経費として支出したことにして所得を秘匿し、その際領収書等をも改ざんして関与税理士に提出していること等、悪質視すべき面もあること、被告人はメールオーダーハウスを経営中を自己の生活費等に流用しており、その額は本件事業年度だけでも約三五六万円に達していること、被告人は本件発覚後本件ほ脱税につき納税義務を認める修正申告をしているが、その後メールオーダーハウスが倒産したこと等のため、重加算税を含めて約一億円の滞納があり、今後これが完納される見込みは薄いこと等に徴すれば、被告人の刑責は軽視することができない。したがって、被告人が本件発覚後これを素直に認め、反省悔悟していること、被告人が前記のとおり本件によるほ脱税額を完納しえないのは、メールオーダーハウス及びその関連会社の倒産等の事情によるもので、被告人に現在納税の意思がないわけではないこと、被告人の現在の資産状態、被告人に前科、前歴のないこと、その他所論の指摘する被告人に有利な諸事情を十分考慮しても、本件は懲役刑のほか罰金刑を併科されてもやむをえない事案というべきであって、被告人を懲役一年二月及び罰金五〇〇万円に処し、三年間右懲役刑の執行を猶予した原判決の量刑は、罰金の換刑処分の割合の点を含めても重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却せることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 阿部文洋)

○ 控訴趣意書

被告人 本山昇

右の者に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和五九年六月一一日

弁護人 山本剛嗣

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決の刑の量定は不当であり、原判決は破棄されるべきである。

以下にその根拠を述べる。

一、刑の量定にあたっては、犯罪行為の態様、動機、結果等すべての事情が斟酌されるべきであるが、本件においては特に、他の犯罪を犯した者に対する科刑との均衡について充分配慮されるべきものと考える。

二、原判決は懲役刑に併せて罰金五〇〇万円に処しているが、右罰金刑の執行は猶予されていない。

被告人は、株式会社メールオーダーハウスの税務申告における法人税法違反の責任を問われているものであるが、同会社は昭和五八年六月一〇日倒産し、また、同社の一事業部として活動を開始し後に法人として登記された株式会社ヘルスエージェンシーも昭和五八年六月中旬には倒産した。このため、被告人が右罰金を完納することは不可能である。その結果、被告人は然るべき期間の労役場留置は免れない。若干の罰金の納付を考えてもその期間は、六カ月近くなる。実質的には六カ月の実刑と同じである。

三、罰金の納付が困難な理由が、被告人の責に帰すべき事由に存するのであれば、実刑と同一の結果となることも止むを得ない。

しかし、本件においては、罰金の納付できない理由は被告人に必ずしも責を負わせることのできないところにある。

(一) 納付が困難な最大の理由は、前述のとおり会社が倒産し、現在は全く実体が存しなくなっていることである。会社が活動中であれば、利益の存否に関係なく何とかして税または罰金の納付を可能とする方策が考え得るのである。本件は、昭和五六年一二月には事実がほぼ解明されていたのであって、速かに起訴されていれば会社存続中に対応することが可能な事案であった。そして、起訴が遅れたのは訴追側の事情にあるのである。

(二) また、不正申告によって免れた税額相当の資金は、隠匿されたり、被告人の個人的利得とはならず、すべて前記両会社の事業資金として使用され、社外流出していない。

(三) これらの事情を考えると、罰金が納付できない責任を被告に負わせるのは酷に過ぎる。

四、被告人は、初犯であって、これまでは善良な国民として社会的責任を果して来たことを考えると、短期とは言え事実上実刑に処すということは本人およびその家族に及ぼす影響は甚大であって重きにすぎると考える。

以上

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